「ボランティア活動」について、あなたはどう思いますか?

文部科学省が実施したアンケート結果によると、ボランティアに興味がある人は8割以上!
最近5年間でなんらかのボランティア活動に参加したことのある人は、約3人に1人の割合でいるそうです。(かなり高い割合と感じるのは私だけ?)

なかには私のように、ボランティア活動というと「被災地の復旧・復興のお手伝い」「海外ボランティア」をイメージする方もいるかもしれませんが、実はもっと身近なところにもボランティア活動はあるんです。

たとえば、街の道路脇や公園に植えられているお花。
これはボランティアの人たちが、草抜きや水やりなどのお世話をしているケースもあります。

また、公園や河川の清掃。
悲しいかな、ポイ捨てをする人は今もあとを絶えません、、
気づいた人、地域の人のほか、これもボランティアでゴミ拾いをしている人がいるのです。

ほかにもいろいろありますが、世の中には人々の知らないところで街のため、人のため、活動してくれている人がいます。

谷原邦彦さん、32歳(2021年現在)

彼もまた、体力と時間の許す限りボランティア活動をされている一人です。

谷原さん、実は22歳の時、第2種知的障害者(軽度)認定を受けました。
現在はパート介護士として働きながら、ボランティア活動をするという生活を送られています。

谷原さんが主に行っているのが、公園に咲くお花のお世話と、河川の清掃。
仕事の合間を縫って、朝の5時から活動をすることもあるそうです。

仕事をしながらボランティア活動をすることは、簡単なことではありません。
なのになぜ、谷原さんは活動を続けているのか・・・
どのような想いでボランティア活動をされているのか・・・

ここでは、谷原さんのこれまでの人生や想いを包み隠さずお話してくださったので、ぜひご覧ください。

名前 谷原邦彦(たにはらくにひこ)
生年月日 1989.3.14
活動内容 パート介護士、ボランティア活動
趣味 人をみて学ぶこと
好きな食べ物 何でも好き
SNS

当たり前って何?

徳島県海陽町ご出身の谷原さん。
同級生は15人という、小さな田舎町で生まれました。

お母様と弟さんが精神疾患を患っているため、お父様が生計を立て、生活面を支えてくださったそうです。

谷原さん自身も、幼少期に障がいという認定はありませんでしたが、物心ついたときから”枠に収まりたくない”という気持ちが強く、自分だけが標準からズレているような感覚があり、周囲とうまく馴染めなかったといいます。

たとえば、当たり前のように歌う校歌斉唱・・・
他の子は疑問すら感じないことに、なぜそれをしなければいけないのかという疑問を感じていたそうです。
”歌わない”という選択はしなかったものの、「当たり前」とされていることへの疑いが拭いきれなかったんだとか、、、

クラスメイトはそんな谷原さんのことを、おもしろおかしく言うようになりました。
家族のこと、谷原さん自身のこと・・・

ただ、谷原さんはとても冷静でした。

谷原邦彦

みんなそれぞれ顔も性格も特徴も違うのに、、、人のことをネタにしたらおもしろいんだろうなぁー。
みんな小さな枠に収まっていて、つまらないなぁー。

そのように感じていたそうです。

conasu

谷原さんすごくお強いですね!でも、、、とても苦しかったでしょう・・・
お父様には相談しなかったんですか?

谷原邦彦

小学校~高校まではずっと苦しかったです。心を許せる友達はおらず、父親にも学校での出来事はいいませんでした。
幼い頃から両親の姿をみてきたので、父親も大人社会の中で苦しんでいることに気づいていましたから、、、
でも、父親は必死に生きていました。言葉はなかったけど、僕らはわかりあえていたと思っています。
僕はこの頃から、「当たり前や普通という、人々が信じてやまない常識をくつがえしたい!」そう思って生きてきました。

そんな谷原さんを支えてくれたのは、生まれ故郷である海陽町の風景でした。
海陽町は、海や川・山に囲まれたとても自然豊かな場所です。
1人自転車を走らせ、風景をみることが、心癒される時間だったそうです。

ダークヒーローに学んだ自分の存在意義

谷原さんは、アニメや映画をみることも好きでした。
主人公であるヒーローが人を助ける姿をみて、”かっこいいなぁ、自分もそうなりたいなぁ”と感じていたといいます。

ですがアニメや映画の主人公は、決まって常識的であり正統派。
標準からズレているという感覚をもっていた谷原さんにとって、”自分に人助けができるのか!?”という疑問は、ずっと心の中にありました。

そんな時、「デスノート」や「コードギアス」というこれまでの正統派ヒーローをくつがえす、ダークヒーローが主人公のアニメや映画が流行りだしたのです。

谷原さんにとって、”常識が変わった!”と感じた瞬間でした。

世間の当たり前や常識と、真逆といわれる自分の存在をダークヒーローと重ね、谷原さんは「周囲の幸せや平和につながるのであれば、自分は死んでもかまわない」そのくらいの意気込みを感じたといいます。

また、幼い頃からお母様や弟さんをサポートしたり、お父様の姿をみたりしてきた中で、「他者への貢献や奉仕の気持ち」は培われていました。
そこに正統派ではなくてもヒーローになれることに気づかされたことで、谷原さんの想いは確信へと変わっていったのです。

自分は犠牲になってもいいから、周囲の人のためになることをする!
当たり前や常識をくつがえすために、行動をおこす!

この時、高校2年生。
ご自身で強い信念をみつけたからこそ、周囲の言葉にもくじけなかったし、引きこもりや登校拒否をおこすこともなかったといいます。

谷原さんがもつボランティア精神の根源は、ここにあったです。

自己破産を余儀なくされた厳しい現実

高校卒業後、派遣社員として点々と働いていた谷原さんに待ち受けていたのは、想像以上に厳しい現実でした。

右も左もわからない21歳の時、ある派遣先で人に騙され、自己破産まで追い込まれたのです、、
部屋は会社の軟禁状態、次から次へとお金を搾取され、人間社会の闇をみたといいます。

心はズタズタのうつ状態、お金はない、頼れる人もいない、その間生きた心地がしなかったそうです。

精神的に追い込まれた谷原さんは、親戚の勧めで療育手帳の取得判定を受けることになりました。
そこで、第2種知的障害者(軽度)と認定を受けたのです。

その時のことを振り返り、谷原さんは次のようにおっしゃっていました。

谷原邦彦

認定を受けたときは、正直とてもショックでした。
ですが、生きていくためには現実を受け入れるしか道はありませんでした。

谷原さんは6年間、精神ケアや日常生活を送る支援を受けるため、県南の施設でリハビリを受けました。
社会とは完全に隔離された期間、学生時代以上に世間の人たちとの隔たりや、意識のズレを感じたといいます。

「この時、何を考えて過ごされていましたか?」
とたずねると、

谷原邦彦

自分に何か力をつけないと!何か行動しないとずっとここから抜け出せない!

そのように考えていたといいます。

ボランティア活動との出会い

谷原さんは施設でのリハビリ中も、社会復帰を諦めてはいませんでした。
スマホを使って、外の世界の様子や、活躍する人々の姿をみていたといいます。

そんなある日、徳島市内で一大イベント「水都祭」があるという情報をゲット!
県南から汽車に乗り、初めて「水都祭」を訪れた谷原さんは、大きな衝撃を受けたのです。

谷原邦彦

これまで生まれ故郷しか知らず、徳島市を遠い存在と感じてきたけど、徳島ってこんなにもおもしろいんだ!
自分の強みを最大限に生かし、こんなにもイキイキとしている人たちがいるだなんて知らなかったっ!!

これまで数多くの試練を経験してきた谷原さんにとって、そこは異空間のようでした。

”自分は犠牲になってもいいから、周囲の人のためになることをする!
当たり前や常識をくつがえすために、行動をおこす!”

高校生のとき感じた想いを、ここで実現したい!
谷原さんは、そう心に決めたのです。

水都祭では、お祭りを盛り上げるために頑張る人、お祭りを支えるためにサポートする人、それぞれが自分の強みを生かしながら祭りを成功へと導いていました。

そんながんばる人たちをみて、
”自分にできることはボランティアとして、街を、人を、支えることかもしれない!”

そう感じた谷原さんは、ボランティア活動を始めたのです。

谷原さんがボランティア活動を始めて、5年が経ちました。
現在も、公園に咲くお花のお世話や河川の清掃、イベントボランティアなどの活動を続けられています。

conasu

ボランティア活動を始めてどうでしたか?
仕事とボランティア活動の両立は大変だと思いますが、ツラいと感じることはありませんか?

谷原邦彦

ボランティア活動は自分の中でルーティーンになっているので、とくにツラさはありません。
ボランティア活動を始めて、自分の強みである「奉仕と貢献」の精神を生かせられることに、嬉しさとやりがいを感じています。
そして何より、やっていてとても楽しいです!

conasu

では、どのような想いで日々ボランティア活動をされているんですか?

谷原邦彦

なにか・・・僕は使命感のようなものを感じながらしています。
実際に人手不足という問題もありますし、お花はお世話をしないと枯れてしまいます。
なので、町のためにもお花のためにも、そして自分のためにも続けていきたいと思っています。

谷原さんが自分らしく生きられる場所、ご自身の強みを最大限に生かせる場所、それがボランティア活動だったのです。

今後の夢”人と人” ”街と人”をつなげたい

ボランティア活動とは、本来自発的な行動であり、強要されてするものではありません。
しかし冒頭での続きになりますが、ボランティアに興味はあるけど、何をすればいいのかわからないという人もいるのです。

谷原さんはそのような人に、経験者だからこそ伝えられることや、きっかけを与えることができるのでは?と考えています。

ただ、これまで想いが先走ってしまい、失敗をしたり迷惑をかけたりしたこともあるそうです。

ですが、何もせず、立ち止まることは選びません。
これまでの失敗を糧に、”人と人” ”街と人”をつなぐ窓口になれるよう、自分にできることをしていきたいとおっしゃっていました。

自分の強みを生かして生きる

世の中には、ありのままの自分を受け入れられず、苦しみもがいている人もたくさんいます。
谷原さんの生き様が、だれかの心をそっと勇気づけられたらいいなと思い、次のような質問を投げかけてみました。

conasu

体の特徴や内面的な不安を抱えている方は、たくさんいらっしゃいます。そのことをネガティブに捉えたり、これからどのように生きていけばいいか悩んでいる方には、どのような言葉をかけられますか?

谷原邦彦

目が悪ければメガネをかければいい、足が不自由なら車イスにのればいい。ツールを生かすことで健常者と同じになれます。
精神的に不安定であれば、自分の課題点をどう解消するかを考え、自分のやりたいことを突き通すモチベーションを保つことが必要なのではないでしょうか。
人間だれにでも必ず強みはあります!
あと、世間の声も気にする必要はありません!
今は健康でも、年をとったらだれでも体に不自由なところは出てくるんです、、、健常者も障がい者もみんな同じ人間です!

谷原さんの言葉を聞いて、たしかにその通りだと思いました。
人はだれしも、いつ体や心の病気になるかはわかりません。
そのことで人をからかうことがあるとすれば、それはなんて浅はかな行為なんだと思います、、、
同じ人間として、みんなそれぞれの強みを生かし、支え合っていける社会が実現できたら、もっと生きやすくなるでしょうね。

conasu

では谷原さん!谷原さんの強みとは何だとお考えですか?

谷原邦彦

自分の強みは「奉仕と貢献の精神」だと思います。
ボランティア活動という自分のやりがいを見つけ、微力ながら自分の強みが生かせられていることを嬉しく思います。

谷原さんは、これまで自分のおかれた状況を悔やむことはありませんでした。
数々の試練を経験し、自分の居場所を見つけ出したのです。

その忍耐力と前向きな姿勢もまた、谷原さんの強みでしょう。

谷原さんの姿をみて、前向きな気持ちになれる人が一人でも増えることを願っています。